やけっぱちに酒、泣きっ面に口づけを

近況報告

 

ツイッターの自称を「ぼく」に変えてみた

「俺」やら「私」やら「小生」やら、ありとあらゆる大量の自称をインターネットの海に放流し続けてきたが、結果的に「ぼく」に落ち着きそうである。

自称の不安定さは、私の自我の曖昧さ、統合のブレを直接的に反映したものであるように思われる。たしかに、依然のようにコロコロと自称を変え続けるのも、私らしさを表現するという意味ではこれまた一興であろう。

だが、現実世界での私の自我が孕む統合の失調性がインターネットという場に表出し、それがテキストという形でツイッターのアカウントに累積していく状態というのは、表出させた主体としての私がそれを見返す上で、あまり精神衛生上宜しくないという事に気付き始めた。それを踏まえ、導入した自称が「ぼく」である。

ぼく。確かに男性的である。だが「俺」ほど男性性の濃度の高さを感じない。「私」では女性性が強すぎるせいか、感覚が落ち着かない。「俺」と「私」の中間、あわいの部分を捉え、それを言語化した場合に、辛うじてしっくり来る自称が「ぼく」であった。

ぼく。公僕の僕、朴訥の朴。悪くないと思う。

 

メルカリで本を売り始めた

読まなくなった本や試験対策用に購入した教科書や問題集が自宅に山積していたので、小遣い稼ぎも兼ねてメルカリへの出品を始めてみた。

私の近所のスーパーマーケットには、ありがたい事にヤマト運輸の宅配便ロッカー(PUDO)が設置されている。おかげ様で配送に伴う細々とした作業もきわめて簡素である。わざわざ郵便局やコンビニエンスストアまで足を運ぶ手間も省ける。

注文が入れば商品を緩衝材で包み、それをサイズに合った封筒に入れ、封筒ごとロッカーの中に放り込む。手続きはこれだけである。マージン諸々を加味しても、中古品店に持ち込むよりは、まだ儲け分が大きいように思われる。

匿名配送が可能なので、個人情報のやり取りは一切存在しない。

顔も名前も知らない誰かに対し、淡々と私の所有物を送るという作業の、こうした人間味の無さ。そして、こうしたものに対して幾許かの心地よさを抱いてしまう私のこころ。既に何処かが壊れかかっているのかもしれない。治療法は不明である。治療マニュアルも存在しない。いや、何処かに落ちているのかもしれないが、落ちているとすれば、きっと私の視界には捉えられない類のものであろう。見えないものを見るより、見えると思しきものだけを処理していく。

この淡々としたリズムへの快感。ネクロフィリア

 

 丁寧な生活への下ごしらえ

来年から社会人である。そろそろ学生気分もある程度に留め、自己管理術を身に付けねばならないという危機感が迫ってきた。

私はどうやら、世俗、自己の生の双方に対する執着が弱いらしい。何事も俯瞰しがちである。良くも悪くも変に捻くれている。当然、日常生活を回すことに対する当事者意識も薄めである。気付くと部屋が散らかっていたり、後先考えることなく勢いでカネを散財してしまうことも多々あり、このままではまずいという認識を持って生きるフリを頑張ろうという気持ちが出てきた。自己への配慮。

いつまでも宵越しの金は持たねえ江戸っ子ではいられない。夢見る少女じゃいられない。独立自尊でいこう。

ということで、大雑把ではあるものの、金銭管理と自炊、仕事関係の資格の取得に励む事にした。体裁だけでもよい。そこまで中身を伴わせる必要はない。行動を習慣というフェーズに持っていくだけでも、長期的な視野から見れば大きな収穫に繋がり得る。習慣の無意識化。それが楽に生きるためのコツである。流水プールに流される享楽を得るためには、第一に流れを作らねばならない。回転寿司屋さんを開こう。

 

  • 金銭管理

Moneytreeを利用し始めた。過去にも家計簿アプリを数個ダウンロードした経験があるが、手作業入力に億劫さを感じ、結果的にMoneytreeに落ち着くことになった。

手持ちのクレジットカードや銀行口座、ポイントカードのほとんどを紐付けすることが可能なので、カネの流れを掴むのが圧倒的に楽になった。クレジットカードの延滞よ、さらば。私は資本主義の犬をやります。その辺をワンワン這いずり回ってるから見ててね。笑うなよ。こっちは真剣だぞ。臓物をくらえ。

  • 自炊 

自炊といっても冷凍食品の恩恵を大いに享けているので、自炊という範疇に入るのかは定かではない。ただ、研究室に持っていく昼夜の弁当を作るだけである。時間がある時に簡単なおかずを作り、それらをメルカリの発送作業の如く淡々と弁当箱代わりのジップロックに詰める。この繰り返しである。ジップロックなので、全て詰めた状態のものをそのまま冷凍出来るし、洗うのも楽だ。

料理という行為はけっこう好きだ。レシピ通りの材料を用意し、その通りに調理をしたつもりでも、大抵何かが上手くいかない。設計図と設計物のズレが、意図しない形で私の介在によって生み出されていくこの不思議な感覚。これが興味深いと思う。ただ野菜を切ったり、炒めたりして、具材の様子が変わっていく様子を眺めるだけでもこころが癒される。人間はどうしてこんなに複雑であろうとするのだろう。犬や猫や野菜を見習って生きればもっと楽になれるのに。臓物をくらえ。

  • 資格

特筆すべきことはない。何も楽しくない。スキマ時間を活用すればどうせ何とかなる。取得すれば会社から一時金も貰えるらしい。

今の内定先に長居するのかも定かではない。刺青が彫りたくなって退職願を突きつける可能性もなきにしもあらずだ。ということで、手持ちのカードは増やしておいても損にはならない。ない袖は振れぬ。要は振れる状態にしておくべきだ。

個として戦えるスキルを身に着け、絶えず自己鍛錬に励むというのが、現在の労働市場が要請する規範の一形式である。私はネオリベラリズムをやります。闘争領域に飛び込みます。全員ブン殴ります。力こそ全て。笑うなよ。こっちは真剣だぞ。臓物をくらえ。

 

最近の一曲


THE ROOSTERS / どうしようもない恋の唄

 

人間、みんな「死」に内定しているね

内定式に参加した

内定式早々、颯爽と遅刻した。

タイミング悪く人身事故が発生し、完全に足止めを喰らった。長々とバスを乗り継ぎ、職場の最寄り駅にようやく到着したかと思いきや、なぜか駅を間違えていた。

どうやら私には職場の最寄り駅を覚える脳すら無いらしい。酒の飲み過ぎで脳にガタが来始めているのかもしれない。いや、潜在意識が、労働という行為そのものを忌避している証拠なのかもしれない。もうどうにでもなれという心地だったし、既にどうにかしていた。

心、此処にあらず。

そういえば、振り替え輸送で利用した路線バスの車内は、やけに泣き叫ぶ乳幼児が多かった。ひとりの乳幼児が騒ぎ出すと、音叉同士が共鳴するかの如く、それにつられて周囲の乳幼児もぐずり始めた。気付けば、車内は大絶叫スカパラオーケストラ状態だった。

乳幼児たちといっしょに、私も暴れようかと思った。全てを破壊し、虚無に突っ走りたかった。気分は完全にゴキゲン・テロリストだった。公共交通機関の中で、突然全裸になってみたり、大声で意味不明な妄言を叫んでみたりしたら、さぞかし快感なんだろうな、と一人で妄想に妄想を重ねた。

心、此処にあり。

 

職場に到着した頃には、既に二時間近く遅刻していた。そういえば、ロシアのプーチン大統領は遅刻魔らしい。遅刻魔らしく、堂々と行こうと雑に気合いを入れた。気分は完全にゴキゲン・ネチャーエフだった。

内定者が揃う会場のドアを開けると、10人弱の男女がテーブルを囲むような形で着席していた。私が会場に入った瞬間、全員の視線が私の顔に向けられた。

もう帰宅したかった。好みの顔の男は誰もいなかった。一気にモチベーションが下がった。ひとり、内定者の中に、ショーツのラインをスラックスに響かせた女を発見した。お陰様で、少しモチベーションが上がった。束の間の贅沢、パンチラ、ゴディバのチョコレート。

 

 薄っぺらな内定証書と大量の書類を受け取り、同期の人間と雑な世間話を交わした。マッチング・アプリでお馴染みの会話パターンだと直感した。全てが薄く、浅く、平和だった。誰も傷を負わない幸せな世界だった。上っ面だけ整え、見て見ぬふり。パンドラの箱は開けず、こころには永遠にカギを。

続く懇親会では、役員のツッコミを適当にあしらい、営業スマイルを無料で提供し続けた。気分は完全にマクドナルドのクルーだった。いらっしゃいませ、マクドナルドへようこそ。赤べこ人形のように首を振り、それっぽく相槌を打ち、淡々とハイボールを飲み続けた。酒だけが救いだった。煙草が吸いたかった。

 

私はこの会社にいつまで席を置くのであろうか。いや、いつまで社会人らしい社会人という肩書を背負うのだろうか。内定式というタイミングで、早速この問いが頭に浮上してしまっていた。どうやら、既に私のこころは、きわめて明確に別の方向を向いているようだ。

この感覚だけが唯一の救いだ。感覚こそが全てだ。

 神無き世界に一つの真理を。真理、それは私が私であり続けるということ。以上。

 

 

マッチングアプリでまだ消耗してるの?

自己存在の物化,加速するスワイプ

先日,学期終わりの打ち上げと称して,ゼミの後輩と飲みに行った.

新宿歌舞伎中の雑居ビルの高層階に佇む某中華料理店.店内ではケニーGのBGMと,あちらこちらから飛び交う中国語が混ざり合い,何ともカオスな雰囲気が醸し出されている.どうやら故郷の味が楽しめると,在日中国人に人気の店舗であるらしい.

映画『ブレードランナー』に登場するネオン街の広告看板がそのままデザイン化されたような,レトロかつ退廃的な雰囲気の缶に入ったココナツジュースをストローからチビチビと啜りながら,独特のスパイスが効いた中華料理を箸でつまみ合う.

ゼミでの人間関係や,教授に対する愚痴,茫洋とした将来不安など,取り留めのない内容の会話を繰り返しながら,各々が各々の心に堆積した鬱憤を漫然と空に放り投げる.空に放り投げられたボールは,誰かの腕にキャッチされる事もあれば,そのままケニーGの甘いサックスの音色に吸い込まれて行方知らずになった事もあった.宛先の無い手紙を書くという事.気が向いたら誰かがわたしの言葉を読んでくれる可能性に身を委ねる事.読んでも読まなくても,存在しても存在していなくても構わない.そんな柔らかな空気感の中で,延々と対話を重ねるのは何だか心地が良かった.

レモンサワーだのハイボールだの紹興酒を飲み始める内に,対話と独り言の境界線が曖昧になり,わたしの中で,ケニーGのサックス,隣客が話す賑やかな中国語,目の前でマシンガントークを繰り広げる後輩の日本語の三つが,謎のグルーブ感を生み出し始めた.このままこの混然一体としたグルーブ感に乗り,タイのパタヤビーチにでも行って砂浜で全裸ダンスをしたら楽しいだろうなと一人で悦に浸っている内に,気付けば会話の話題は恋愛へと移り変わっていた.

 

「わたし,最近マッチングアプリ始めたんですよ.ペアーズなんですけど.」

後輩がわたしにスマホの画面を見せる.プロフに設定された顔写真は,彼氏から撮影してもらったとっておきの一枚らしい.華奢な可愛らしさと精悍さが入り混じった,何処かミニチュア・ピンシュアーを彷彿とさせる彼女の魅力を上手く捉えた一枚だった.そこには,わたしの知らない愛の残り香がした.

「へえ,そうなんだ.彼氏いるけど,やってんの?」

「そうなんですよ.夏休み暇だし.男遊びしとくなら今の時期しか無いかなって.それに,別に今の彼氏と結婚とか考えているワケでもないし.」

目にも止まらぬ早さでスマホの画面をスワイプする彼女.

形の悪い枝豆を瞬時に見つけ,レーンの外に放り出す食品工場の熟練プロレタリアートを彷彿とさせる,手慣れた手つきであった.暑い夏にはキンキンに冷えたビールが合う.そのビールに合わせる定番の肴の一つが,冷凍枝豆である.ひとがビールを飲むと枝豆の需要が生まれる.枝豆の塩気に釣られて何杯もビールを喉に流し込む内に,ひとは酔っ払う.酔っ払ったひとの内の何人かは,夏の暑さと酔いの勢いに任せて誰かをホテルに引っ張り込み,雑なセックスをする.循環型社会のお出ましだ.レーンから排除された枝豆たちは,誰の口に放り込まれる事もない.ただ焼却処分される.わたしの眼前で,闘争領域が拡大していた.

 「ふーん,たしかにね.悪い男もいっぱいいるから気を付けるんだよ.」

「あはは,もうすぐアプリでマッチした人と会おうと思って.」

夏を謳歌しようと奮起する彼女の姿にあまりの眩しさを感じ,わたしは手元に置いた自分のスマホ画面に目をやる.Tinderの見知らぬ男からのメッセージ通知が山積していた.〇〇さんとマッチしました,〇〇さんからメッセージが送られました.はあ,そうですか.

 

YOUは何しにTinderへ?

Tinderとは何か.世界最大級のライフスタイルアプリである.冷凍枝豆の,冷凍枝豆による,冷凍枝豆のための政治である.

この世界でのわたしは,唯一無二の存在者としてのわたしの叫びを押し殺す.同様に,わたしは他者のその叫びも押し殺す.Tinderという政治の場では,わたしは,そして貴方も,単なる冷凍枝豆として現れる.喰うか喰われるか.セックスするかしないか.ここで展開される一切が目的従属的行為だ.メッセージのやり取りも,カフェでの会話も,陳腐な愛情表現も,一切合切が究極的にはセックスという終着点を目指して行われる.「いき」な要素が介在する余地が無い,アナーキーのアの字も無い退屈な世界だ.逆に言えば,退屈であるからこそ,単純な二分法が跋扈するこの予定調和的世界は,現実世界が孕む微細な複雑性からの逃避先としては格好の場だ.たしかに暴力的で痛い.だが,暴力的であるが故に優しい.

そんな事を考えながら,わたしはTinderの消去と再登録を何度か繰り返している.つい先日,またTinderを消去した.こうした奇怪な動きを続けているのは,思うに,わたしの性自認の曖昧さに起因するように思われる.

わたしには強烈な性嫌悪と性衝動が共存しており,この二軸の間のバランスを取る事が思うように上手くいかない事が多い.(男性性優位だが)自分が中庸的存在であり,自己存在を埋め込む鋳型が社会的に付与される典型的なジェンダーロールと合致しないが故に,両極的な思考に自己を埋没させる事で自己そのものを解体してしまいたいという破壊願望を燻ぶらせている.性に対する極端な行動はその願望の表出形態の一つなのであろう.

わたしの心と身体はバラバラだ.人間の心と身体は,緊密に繋がっているようで,やはりバラバラだ.断片同士は時に<愛>を経て癒合する時もあろうが,わたしには少なくとも断片は断片に過ぎないように思われる.愛を伴うセックスの方が愛抜きのセックスよりも性的快楽の強度が大きいとは限らない.逆も然りである.マクドナルドのセットメニューの如く,愛,性欲,パートナーシップの三者を丸々綺麗に一セットとして購入する事が果たして幸福なのか.わたしには全く分からない.

わたしは, 冷凍枝豆ではなく,人間同士の対話の一バリエーションとして,敢えてTinder的なものと対峙する経験を経た反面教師的なカタチで,セックスという行為が孕む解釈の多様性を徹底的に考え抜いてみたい.心も体もバラバラなわたしが,バラバラであるが故に肌で感じる事の出来た虚無感,アパシー,快楽,そして自己愛と他者愛の歪なバランス.体力を削り,これらを言語化する試みが,如何なる帰結をもたらすのかは定かではない.だが,やってみるだけの価値はあると思う.我々は人間である以上,政治からは逃れられないのだから.冷凍枝豆を徹底的に拒絶する者こそ,セックスから逃げたらダメだ.以上.

就活を雑に振り返る

 

令和最初の夏にブログを更新する

令和最初の夏が来た.学生生活最後の夏である.

この夏の為に資金を蓄えておきたい所であったが,今年の前半期は就活と研究のダブルパンチで労働に精神を割く余裕が無く,結局懐が寂しい状況のまま夏季休暇が始まった.年金の支払い,就活の交通費,ストレス発散の為の遊興等で思った以上に出費がかさんでしまった.資金が無ければ今後にも響くので,短期バイトに数社応募したりみてはいるが,どうなるのかは不明である.

うだるような暑さと精神的不調のせいか,ベッドに身体を横たえてからも中々眠りに就けない.酒を飲んで頭を曖昧にし,明け方頃にようやく寝付く.そして設定したエアコンのタイマーが切れる昼前まで死んだように眠り,起床後,抑鬱気分が酷い時にはベッドに寝転んだ状態で天井を見上げるだのスマートフォンを雑に眺めたりして3時間程度ひたすら時間を浪費しているが,それ以外は基本的に図書館と研究室と自宅を往復する感じの日々を送っている.

修論を完成させねばという強迫観念が頭から離れない.しかしながらその割には研究に集中出来ていない.先が何も見えない.砂場に手を突っ込み,延々と手で砂粒を揉んでいる状況である.指導教官からダメ出しを頂戴し,自分という人間が目指すべき場所は,結局の所,研究ではなく創作にあるのではないかという漠然とした気付きを得つつあり,研究に対峙する自己の姿勢そのものに疑問を抱くという地獄に陥っている.焦り,ただ焦りがある.

ちなみに筆者の昨年の夏は以下のような感じであった.読み直す気は起きない.

atamaganai.hatenablog.jp

さて,このように呑気かつ雑に夏季休暇をやり過ごせているのは,就活に終止符を打つ事が出来たが故である.内定先を獲得してから,場合によっては夏季休暇中も就活を継続させようかと考えていた時期もあったが,元々の就活のモチベーションの低さも相まって,結局やらずじまいで終わった.とはいえ,就活の結果に関しては十分納得がいく結果が出たように思う.

以下,筆者の就活をごくごく雑に振り返ってみたい.筆者のスペック,そして大まかな就活の流れを示した後に,就活に関する雑感を書き記す.どなたかの参考なり気休めになれば,筆者としては嬉しい限りである.

 

筆者のスペック

・23歳,non-binary,文系院生(人文系)

・MBTIの判定は毎度INTP

・精神年齢の老けを指摘されがち

・口下手

・協調性の乏しさに自信あり

チョコモナカジャンボをよく食べる

・尖った靴を履く男とピータンが苦手

 

就活の流れ

・昨年末から就活の情報収集を開始

インターンシップへの参加,OB訪問の経験なし

・突然ピアスを開けまくり,髪を刈り上げにする

・就活市場解禁の3月に20社程度エントリーを開始

・志望業界は,公務員・団体職員系

・5月末内定

  学部時代,院生就活のスケジュールの多忙さも視野に入れた上で,プレ就活・社会経験の一環にでもなればと思い,民間就活を多少齧っていた.その為,就活に関してはM1の秋頃から考え始めようという程度の認識しか持ち合わせていなかった.

志望業界は上記のものに絞った.コンサルやマスコミといった業界に就職し,猛スピードで社会を回す虚無感に耐えられる気質が自分に備わっているとは到底思えず,私生活と仕事のメリハリに焦点を置く事が出来るかどうかに一番の焦点を置いた形で,志望業種を選択した.身内に公務員もしくは民間から公務員への転向者が多く,彼らから話を聞く中で,自分のメンタリティは民間向きでないと判断した部分が大きかったように思える.公平公正性,ある意味ではシステマティックな冷徹さ,非人間性が要請される職業理念の下で動く方が,自分の精神にとっては毛羽が立ちにくいのかもしれない.そんな事を考えてみたりもした.

就活生という立場であるにも拘わらず,ピアスや刈り上げといった,就活生として到底あるまじき行為に衝動的に走らざるを得なかったのは,就活で要請される規範と筆者自身の性自認との間で生じる摩擦の影響であったように思われる.摩擦で生じる熱を逃す場を,自分の身体の何処かに設けておかねば潰されそうだった.負けたくなかった.

就活中は,なんとか正規職に就かねば,ここまで自分に長々と教育投資をしてくれた両親に対して合わせる顔が無いというプレッシャー,社会に対する諦念,そして自らの性自認への怒り,という三つ巴のせいで精神が殆どキていた.就活の合間に,ドトールで煙草を吸いながら,擦り切れた就活カバンに放り込んできた田辺元やらマラルメやらを捲っていると,「わたしがやりたい事はこんな事じゃねえのにな」という自嘲の念が沸々と込み上げ,世界がヘンに明るく歪んで見えた.

エントリー数としては20社程度であったように思う.選考を中途辞退した企業も数知れない.もちろん仮病も使った.ES,適性検査,面接,GD等々一通りは経験したが,全体の傾向としては最終面接前で落とされるケースが多かったように思う.祈り,そして祈られた.就活という不条理は「神」の変種であり,そしてリクルートスーツを着こなす「わたし」という存在は,神に対して「なぜ」という問いをギャアギャアと喚き続ける義人ヨブの百番煎じであり,世界はこれからも飽きもせずに無数のヨブモドキを産出し続けるかと思うと,無性に笑いが止まらなくなった.

何だかんだ愚痴を吐きながら就活を続けた結果,自分の希望条件にきわめて適合した職場から内定を頂戴する事が出来,あれこれ迷いに迷い,最終的にいまの形に落ち着いたという感じである.以上.

 

就活の雑感

さて,これまでは筆者自身の就活の経歴を雑に振り返ってみたが,ここからはもう少し「文系院生」という社会的立場を意識した形で,就活の雑感を述べる事にしたい.なお,以下「文系院生」と表記しているものは文系院生修士課程を指す.

一般に,学部生と比較した場合,文系院生の就活は厳しいという論調がある.

だが,思うに,就活市場において文系院生という社会的立場が不利に働くかどうかは正直定かではない.何にせよ企業への採用希望者の総数において文系院生の割合はごく少数派を占めており,企業側も文系院生の扱いそのものやそのスキルの価値判断に不慣れである可能性が高いからである.あくまで就活の場で問われるのは,学部卒,院卒,既卒関係なく,個人の力量そのものであり,文系院生という社会的立場そのものが人材の市場価値を大きく左右するかどうかは未知数である.

ただ,学生を人的資本という観点から捉え直した場合,文系院生の就活に関しては多少懸念すべき点があるのではなかろうか.まず,就活市場での優先採用順位について考えてみよう.就活はあくまで個人戦であるという点は明記しておくが,内定獲得に影響を及ぼし得る潜在的な要素として,各人の学歴・社会的立場を考慮に入れた場合,試しに以下の案を示してみたい.もちろんこの順位に関しては,各々の専攻している学問の差異に起因する部分も大きいと思われるが,今回は立ち入らない.また,学部卒の文理区分に関しても同様である.

学部卒・男≒理系院生・男>学部卒・女≒理系院生・女>文系院生・男>文系院生・女

上記順位付けの基準の第一が,性別である.

就活戦線において,女性は男性よりも不利な条件を負わされ得ると考えられる.なぜなら,企業側の立場から捉えれば,結婚や出産,配偶者の転勤に伴う女性特有のライフステージの変化を考慮した場合に,男性よりも女性の方が人的資本としてのリスク管理が難しいからである.

いくら男女平等社会の実現を目指す施策が社内レベルで採用されようが,この点は変化し得ないであろう.我々は単なる人的資本に過ぎない.自社に長く勤め,効率的に利潤を生みだす事を妨げる要素を保有しているものはリスク管理の見地から敬遠される.その要素の筆頭として挙げられるものが社会的・生物学的差異としての「女」である事は否定し難い.

だからこそ,女性特有の人的資本としてのリスクの高さを逆手に取り,総合職としてバリバリと男性同等のキャリア構築に勤しむのではなく,あえて一般職を目指す事でライフワークバランスの充実を図る戦略を取る女性陣も一定数存在するのであろう.女性にとって総合職と一般職のどちらが望ましいのかは,各人の人生観なり幸福感なり女性というモデルへの適合具合によって大きく左右されるものであろうし,筆者が口を挟むべき観点ではない.各人が各人なりの幸福を胸に抱ける社会が到来しますように.アーメン.

そして第二に,学部卒と院卒の区分が挙げられる.両者の間には,当然給与額の差が発生する.院生が修士二年間というごく限られた時間で身に付けたスキルを,学部卒との対比を意識しながら,企業側に対して明白に可視化・数値化した形で示す事は正直きわめて厳しい.特に企業の求める「即戦力」に転化しにくい性質の学問であればあるほど猶更であろう.文系院生,人文系,ああ…….

「大学出のピチピチした兄ちゃん姉ちゃんに比べて,ヘンに年食って頭でっかちの君ら院生にはあえて多くの給与を払わなアカン.更に君らは社会人経験も二年間の遅れを取っているワケで,その間の教育コストも更に負担せなアカン.そこまでを加味した上で,君らを雇うメリットはあるんか?」

という感じで採用担当者からブン殴られた場合,院生は,その中でも特に「社会的生産性」なるものに違和感を抱きがちな方の文系院生は,採用担当者をブン殴り返す強固なロジックを構築する事を意識せねばならないであろう.具体的かつ印象的に,ディズニーランドのキャストの如く明るく元気よくハキハキと,そして協調性の高さをフル演出せねば,就活市場にて潰される可能性は高まると思われる.実際筆者自身が上記の試みを実践に移せたかは定かではない.

 以上を踏まえた上で,就活の雑感を更に雑にまとめよう.

少数派であれ,多数派であれ,就活というフィールドで戦う上ではみな同士である.しかしながら,自分が少数派に属する場合,多数派に対して適用される価値判断の枠組みに対し,どういった態度で行動すべきか,という点を絶えず問い続ける事が肝要になるであろう.枠組みにノるべき時にはノリノリでノってもよい.あえてハズして差異化を試みるのも悪かない.こうした一連の戦略をどのように組むのか.そこがまさに少数派にとっての腕の魅せ所である.

就活を終えたみなさん,ほんとうにお疲れ様.就活を継続しているみなさん,自分を信じればきっと道は拓けます.これから就活をするみなさん,地獄へようこそ.

鈴と,小鳥と,それからわたし,みんなちがって,みんないい.おわり.

[夢日記]2019/07/06

夢日記

東南アジアの某リゾート地. 湿気が肌に纏わりつき,呼吸をする度に妙な不快感に襲われる.これが旅行なのか,はたまた出張なのかは定かではない.男を同伴させていたような気もするし,一人で現地に赴いた気もする.シラフであるような気もするし,何杯かラム酒のショットを喉に流し込んだお陰で気分が高揚しているような気もする.この場に自分がいる根拠の一切が欠落している.一切が分からない.

赤色の下地に黄色のハイビスカスが大きくプリントされたノースリーブのロングドレスを着用し,いかにも観光客らしい装いでホテルの中を漫然と散策していると,突然私の目の前に二人の少女が現れる.

片方の少女は,3歳程度であろうか.覚束ない足取りで,周囲をキョロキョロと見回している.真横には,彼女が好奇心に任せて何処かに行ってしまわないようにその手を強く握る小学校低学年程度と思しき少女がいる.姉であろうか.しかしながら姉にしては全く顔が似ていない.

しかし,である.私は気付いてしまった.年上の少女が身に纏っているドレスが私のものと瓜二つである事に.そして彼女のスッキリとした二重に妙な見覚えがある事に.彼に似ていた.彼.あの彼であったような,この彼であったような,その彼であったような.あれ,違うか.あれかこれか,あれもこれも.ここでも私の記憶は釈然としない.

 野生の勘であろうか.私はこの少女が自分の娘である事を瞬時に悟った.その彼女の口からは何の言葉も出てこない.年下の少女の手を握りしめた状態で,ただ私の目を直視したまま微動だにしない彼女.

本能的に恐怖を感じ,私はこの場から逃げようと必死で自分の脚に「動け」と命じる.このままでは殺されてしまう.逃げねば.そんな私を嘲笑うかの如く,私の脚は微動だにしない.私の心と身体は完全に接続不良状態に陥っていた.

得体の知れない恐怖感に全身を縛られ,眼前の少女と無言で視線を交わらせた状態のまま,どれぐらいの時間が経過した頃であろうか.

またもや唐突に一人の中年女性が現れ,少女らの隣に立ち,私に向かって堅い表情でこう語りかけた.

「貴女は彼女たちの母親ですよ」

「ああ,はい,そのようですね,まあ,そのように存じ上げております,ウフフ」

おい自分,ウフフじゃねえだろ.笑ってる場合じゃねえだろ.何ニヤニヤしてんだ.しっかりしろよ.壊れたように私は私に対して突っ込みを入れ続けるが,何故か笑いが止まらない.私は完全に崩壊していた.セルフコントロールとは無縁の世界よ,こんにちは.

そんな私の様子を見かねたのか,年上の少女は中年の女に向かってこう告げた.

「これが私のママなんですね」

そう言い放ち,彼女の顔が中年の女から私の方に向き直る.彼女もニヤニヤしていた.侮蔑を通り越した満面のニヤケがそこにあった.

流石私の娘だな,やるやんけ,といった感じの浅薄な感想が頭に浮かび上がるやいなや,ようやく私に待望のセルフコントロール感が舞い戻り,私の脚は私の言う事を懇切丁寧に聞く輩に成り下がってしまった.退屈な世界よ,ただいま帰りました.終.

楽しい就活日記

就活と恋愛

大昔に参加した企業説明会にて、某大企業の人事がこんな事を口に出していた事を思い出す.高身長・イケメン・大企業勤めという世間が羨むスペックをフル装備した彼の口から出た言葉は、やはりチャラかった.さぞかし女を口説くのにも手馴れているのであろう.そこにはチャラさ故の確固たる強さが在った.

 「就活ってね、恋愛みたいなもんだよ.少し付き合ってみてウマが合わなきゃ解散.偶然ウマが合えばトントン拍子でピンと来て運命的に結婚.そんな感じだよ.そんな感じ.」

  小綺麗な嘘を並べ立て、面接官に尻尾をブンブンと振る小芝居を済ませ、颯爽と会社を後にする度にわたしの脳裏に浮かぶのは、決まってこの言葉であった

 

「君のスキルは是非ともウチの部署で存分に活かしてほしいね」「ウチのような所には君のような人材が必要だね」だの云々、面接官はわたしの顔を眺めながら歯の浮く様な台詞を次々と投げかける.勿論わたしもマンザラではない.お世辞であろうが、誰だって他者からチヤホヤされれば悪い心地はしない.ニンゲン、それは「ニンゲン」という抽象概念の皮を被った単なる卑猥な承認欲求の怪物に過ぎないのだから.町中が生殖器だらけである.俺もお前も生殖器

こうした甘いオベッカに乗せられ、次の選考フローへの期待を胸にボンヤリとスマートフォンを眺めている時に限って、届くのは大抵不採用通知である.

まるでヤリ捨てされた気分である.所詮わたしは身体だけだったのね.一晩だけの性欲の捌け口の為の女だったのね.酷いわ.泣いちゃうわよ.女のわたしがわざわざ泣いてやってんのよ.こっち見なさいよ.わたしは貴方の事を愛してたのに.あっ、そう.はい次.

 

「時間とカネの不合理な搾取.徐々に減っていく預金残高.止められるクレジットカード.煮え切らないビミョーなセックス.就活ってそういう感じだ.そんな感じだよ.そんな感じ.」

 

運命という悪夢

はたしてわたしは運命の就職先、運命の恋人、そしてトントン拍子を合間に挟み、運命の結婚相手との邂逅の機会に恵まれる事が可能なのであろうか.

運命.ひとは言う.これは運命であったと.我と汝の出会い、そしてこのナニモノにも代えがたい愛は、必然に他ならないと.嘘つけ.

わたしが思うに、運命とは夢のようなものではないかと思う.渾沌、不確定性、偶然性の集積物としてのこの世界に対して運命の存在を声高に訴える事、それは必然という<意味付け>を経る事で世界という不合理から目を背ける行為なのではなかろうか.

電車に乗ると、ひとはノイズキャンセリングのイヤホンを耳に突っ込み、周囲の雑音を能動的に排除する.イヤホンから”美しく組み立てられた”心地の良い旋律が流れ出し、ひとは思わず目を瞑る.そうこうしている内に睡魔に襲われる.電車の揺れを感じ、ふと重たい瞼を持ち上げると、最寄り駅はすっかり遠ざかってしまっている.また逆方向の電車に乗り直せばよいと、もう一度目を瞑る.

夢を見る事、それは幸せである.現実、そしてこの世界の醜悪さを一時的に忘却の彼方に押しやる事が出来るのだから.しかしながら、夢の中で生き続ける事、暖かな羽毛布団で身を包み続ける事、愛という共同性に個を融解させる事で<わたし>からの逃避を企てる事、それは真の意味で幸せなのだろうか.

わたしは敢えて不幸せであり続けたい.運命という夢の微睡に身を任せず、現実というノイズ、不協和音にズタズタに引き裂かれ、血だらけになって死のうと思う.

 

運命の就職先、運命の恋人、運命の結婚相手.くたばっちまえ.以上.

 

無題Ⅰ

  • セックス.過剰エネルギゐの蕩尽.生殖という目的合理性の連環から逸脱した純粋なる<意味の欠如>.

 

  • わたしの愛すべき<意味の欠如>.愛すべきわたし/の.意味.rien.

 

  • 女性器に対する男性器の挿入という始原的暴力性.全ての始り.この全ての始り、<革命なるもの>を哄笑し、完膚なきまでに叩き潰さねばならない.始点と終点なき線分、線分を描く手に込められたエネルギゐの揺れ動きそのものを直観せねばならない.

 

  • 隣で寝息を立てる男の顔.のっぺりとした.特性なし.

では能面の様式はどこにその特徴を持っているであろうか。自分はそれを自然性の否定に認める。数多くの能面をこの一語の下に特徴づけるのはいささか冒険的にも思えるが、しかし自分は能面を見る度の重なるに従ってますますこの感を深くする。能面の現わすのは自然的な生の動きを外に押し出したものとしての表情ではない。逆にかかる表情を殺すのが能面特有の鋭い技巧である。死相をそのまま現わしたような翁やの面はいうまでもなく、若い女の面にさえも急死した人の顔面に見るような肉づけが認められる。能面が一般に一味の気味悪さをえているのはかかる否定性にもとづくのである。

和辻哲郎「能面の様式」、青空文庫より直接引用.強調部筆者.(https://www.aozora.gr.jp/cards/001395/files/49907_41924.html

 

  • 代替不可能性.「君なしで僕は生きられない」と<君>に呼びかける<僕>の眼差し.<僕>の眼差しを<君>から惹き付けてやまないもの、それは<君>という諸属性の束、万物のコラージュの一片に由来するのか、はたまた、あるいは、ええと、沈黙.

 

  • 語り得ぬものには沈黙せよ.汝告解する勿れ.

 

  • 一切合切が虚偽だ.清々しいほどに虚偽だ.就職活動にて面接官という神父に告解を求められ、口から出まかせの嘘をポップコーンの如く噴射する<わたし>.性的快感に身を捩らせ、女という憎々しい存在に徹する自分の姿を俯瞰する事に最高度の享楽を見出す<わたし>.<わたし>は道化であり、ペスト菌であり、女であり、<わたし>ではない.さようなら.