働かざるもの食うべからず

就活

 さいきん、大雑把に就活を始めた.

大人らしい大人は「就活は人生の大きなターニングポイントなんだから、真面目にやりなさい」とわたしに喝を飛ばし、そしてわたしを酷く軽蔑するであろうが、わたしは子どもであり続ける事に固執する大人なので「それはそれ」として大雑把に受け流す所存である.この世界が在るのは必然ではない.偶然である.大雑把な世界には大雑把な態度で挑むぐらいが丁度よい.

たまに堅苦しいリクルートスーツを着て会社説明会に足を運び、赤べコのように首を縦に振り、説明会が終わるとそそくさと会場を出て高層ビルが林立する町を履き慣れないパンプスでトボトボと横切り、フラフラと地下鉄に乗り込む.ひとマス進んでふたマス戻り、さんマス進んでふたマス戻る.はい、もう一度元気よく.

 人間は類的存在である.生きる為には働かねばならぬ.生きる事、それは他人様に迷惑をお掛けする事だ.わたしは穀潰しにゃなりたかないし、だいいち座敷牢に閉じこめられる勇気があるわけでもない.だからわたしは働く.働いて働いて働くつもりである.爾臣民父母ニ孝ニ兄弟ニ友ニ夫婦󠄁相和シ朋友相信シ恭儉己レヲ持シ博󠄁愛衆ニ及󠄁ホシ學ヲ修メ業ヲ習󠄁ヒ以テ智能ヲ啓󠄁發シ德器ヲ成就シ進󠄁テ公󠄁益ヲ廣メ世務ヲ開キ常ニ國憲ヲ重シ國法ニ遵󠄁ヒ一旦緩󠄁急󠄁アレハ義勇󠄁公󠄁ニ奉シ以テ天壤無窮󠄁ノ皇運󠄁ヲ扶翼󠄂スヘシ是ノ如キハ獨リ朕󠄁カ忠良ノ臣民タルノミナラス又󠄂以テ爾祖先ノ遺󠄁風ヲ顯彰スルニ足ラン .

とはいえ、仮に職に就けたとしても、新人教育、略して新教(プロテスタント)に耐えられる精神性をこのわたしが備えているとも到底思われないので、結局何処に転んだとしても行く末は今まで通り相変わらず地獄であろう.

世の中には新教に適合的なひと、そして新教に適合的でないひとの二種類が存在するが、じぶんがどちらのひとであるかは単に偶然が定めるものであって、わたしやあなたの意志に関係なく物事が進められた結果である.だから、両者に優劣の関係を見出し、互いに敵意を剥き出しにして無駄にいがみ合うのは愚の骨頂である.突き詰めてしまえば、わたしたちは「偶然」という空の下ではみんな平等だ.幸か不幸か、偶然にも生きる事と死ぬ事を強いられているという意味ではみんな平等だ.

椅子に凭れ掛かってふんぞり返る重役.演歌を口ずさみなから真昼の歩道橋を揚々と渡る老人.慣れないリクルートスーツを身に纏い、ぎこちない動きでメモを取る就活生.腹を痛めて産んだ自分の子供の腹を無慈悲に蹴り上げる母親.みんな、生という不条理なゲームの駒に過ぎない.

善人なおもて往生をとぐ、いわんや悪人をや.やっていくしかない.地獄上等.

 

カネと幸福

いまはリスク社会である.核家族化もどんどん進展する.わたしたちは命綱無しで宇宙空間を浮遊し続けるスペース・デブリだ.スペース・デブリは自己存在の確証すら得られず、壊れたカセットデッキの如く「わたしは一体何者であり、そしてこれからわたしは何処へ向かうの」と質の悪いマントラを唱え続ける.

自己存在を不安という一色に染め上げられてしまったわたしたちにとっての束の間の気休め、それこそがカネだ.リスクへの恐怖という悪夢から目を瞑るためには、一心不乱にカネを稼ぎ、生じ得るリスクへの対処法の幅を広げる事.これが一番の気休めになり得る事はたしかである.

だからこそ、カネが一種の精神安定剤としての機能を果たすいまの世の中において、わたし、労働、カネの関係性をていねいに捉え直す事.カネを稼ぐ為に労働をするのではなく、労働とはまずこのわたしたちが生きる為にするものであるという元来の自明性自体が喪失の危機に瀕しているという事.これらの事柄を今一度よく各人が自分のあたまで反芻する事こそがきわめて重要な意義を持ち得るのではないかとわたしは思う.

 カネと幸福は比例するのであろうか.わたしにはこれが全く分からない.

上述したように、たしかにカネはわたしたちに精神の安定をもたらし得る.しかしながら同時に「カネが沢山ある」という事は、それだけリスクに対処する手元の切り札の数が増える事を意味する.「人間は自由の刑に処せられている」とサルトルが言い放ったように、手元の切り札の数が増えれば増える程に、わたしたちは自由という理念に唾を吐きかけたくなる衝動に思わず身を捩らせる事になるであろう.

カネはいくら稼いでもキリが無い.リスクにいくら身を強張らせようが、四方八方から次々とリスクの大波はわたしたちに容赦なく襲い掛かる.

わたしたち、それはあくまでゲームを有利に展開する為に切り札を操るプレイヤーである.わたしたちはけっして切り札そのものに操られてはならない.喉の奥まで切り札をギュウギュウに押し込められ、呼吸が苦しくなってからではもう遅い.

わたしはまだ死にたくない.だから書を捨てて町へ出ようと思う.以上.